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手続き

母と一晩過ごしたが、同じ事を何度も何度も質問される。

さっきお話したことも、すぐに同じ質問される。

どう考えても、『認知症』 です。

で、地域包括支援センターに電話をしてみた。

すると、すでに、母と父の相談が、ご近所の方から相談が入っていたみたいでした。いやぁ、通報だろうな(笑)

『ゴミ屋敷』 だし、高齢者の二人暮らしで、ご近所も困っていたのだろう。



とにかく、介護保険の認定手続きを取りましょうということで、いろいろな手続きに取り掛かりました。

認定調査日は時間がかかるのかと思っていましたが、めちゃくちゃ早くて、5日後ぐらいでした。

父は病院で、母は我が家にて、認定調査を受けました。

父は、下肢が不安定なので、要介護がでる見込みはありましたが、

母はどうなんだろう?って感じでして。少し下肢が不安定なのと耳が遠いのと軽い認知だったんだが…

調査が終了した後、調査票をシュミレーションで入れてみた。

父は要介護4、母は要介護2の見込み

とりあえず、認定調査まで終了し、ひと段落。。。


次は、母のデイサービスの施設を決めることに。

包括支援センターの相談員の方も、デイサービスを受けて、家族の負担を少なくして、私も仕事への復帰を促されました。

しかし、父その後のことも考えたら、両親2人共の、自宅介護の可能性があり、仕事はどうなるんだろう?って感じです。まぁ、父のことはおいといて、母の段取りを!

都合よく、我が家のすぐ裏に老人施設がある。

そこのケアマネさんをご紹介いただき、とりあえず週1回のデイサービスに通う手続きをしました。

手続きも、かかりつけ医師の診断書をもらいに行ったり、ついでに認知症専門医への検査&診察をしていただいたり、いろんな手続きをしましたよ~~!


まだまだ手続きはこれからなんですけどね~(笑)
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あれから1週間

2013年2月1日

父が倒れてから1週間

父の着替えなどを持って、病院には数回行きましたが、父の体調はずいぶん良くなっているよう。

しかし、認知症あるんじゃない?って私は思う。

しかし、妹は、しっかりしていると言う???

2月1日 この日は、仕事に行っていました。

しかし、お昼を回った、14時ごろ、滋賀県の姉から電話があり…

母が、家に帰ると言ってきかない!と、混乱した状態でした。

母に電話口に出てもらったが、『私、絶対帰ります!』と言い切っているんです。

私も、どうしようもなく、迎えに行こうと決め、母を草津駅まで連れてきてもらうことにしました。

会社を早退して、地下鉄とJR新快速に乗って草津駅に…

すると、草津駅ホームでは、姉が困った顔で立っていました。

母は、私の顔を見ると、嬉しそうに手を振っています

母は、母の妹のところに行きたいらしいが、叔母も高齢者の独り暮らしで、とても預けられる状態ではない。

次は?となると、義妹のところが良いんだろうが、お家も手狭であることと、子供が受験であることなどを考えると、我が家なんだろうか?

いやぁ、我が家は、今までの気楽な生活から、引き取れるような経済状態ではないのだ。

さて、どうしよう!!!


この日から、私は、まともに仕事にも行けない日々が…

ゴミ屋敷

今まで、家のことは、家事を含め、父がだいたいの事をやってきた。

商売をやってきていたので、年齢の割りに、しっかりはしていました。

ただ、私たちが結婚したぐらいからかなぁ?20年前ぐらいかなぁ?
ゴミを拾ってきて、家に蓄積するようになっていました。


最近、実家を見に行ったことがありますが、生ゴミも捨てることができなくなっていて、ハエやゴキブリも湧いていて、何とかしないと…とは思っていましたが…

見事に、世間で言う 『ゴミ屋敷』 になっていました。

しかし、父が入院しているが、実家はどうするの??

もちろん、大切なもの、通帳類や印鑑など、すべてどこにあるのかすらわからない。。。

しかも、ゴミの山から探さないといけない。。。

と言うことで、土日に片付けに行くことにした。。

だいたい、2週間で大切なものは見つかったが…

ゴミ屋敷はどうするの?

しかも、物置の壁が崩れて隣に倒れ掛かっているではないですか?


お隣にも苦情言われるし…どうするん?

しかし、兄はのんびりしているのだ。。

いろんな問題がある中、例の日はやってきました




脱走!

2013年1月24日

翌日、義兄と母とで父の入院の準備に向かう。
午前中に、物品を購入してお昼ごはんを食べて、午後から病院に向かった。

病院では、父の病状が良好ということで、ICUから普通病室に移動となった。

昨日は、意識が混濁していたが、今日は話ができるような感じ。。

しかし、話をすると、なんとなく今までの父とは様子が違う雰囲気が…?

ここが、病院とはわかっていない様子。なぜか散髪屋さんだと思っている…(笑)

で、病室の移動などをしている間に、兄は、母を1階のロビーに連れて行った。

しばらくすると、兄だけが、病棟に戻ってきた。

義母は1階に座らさせているとの事…

16時半から。ソーシャルワーカーさんとの話し合いがあるとの事で、義妹と合流

その時点で、私がロビーに見に行ったが、母の姿がない。。。

ソーシャルワーカーさんとの話が終わり、

それから、家族総出で病院内を探し回ったが居ない。。。

最終的に、病院の警備用の監視カメラの画像を追ってもらったら、タクシーに乗っていく姿が見られた。

行き先は、自宅しかないだろう?しかし、お金は持っていないのだ。。。

で、兄と妹が、実家に向かった。

やはり、真っ暗な実家に入り、座り込んでいたようでした。

(後でわかったのですが、その時のタクシー代はご近所に借りていたようでした)

母は、疲れてしまったのか?歩けなくなっていたようで、ご近所のご好意で公民館の車椅子を貸していただき、兄の自宅(滋賀県)に連れて帰ったのです。

義兄の家族は、お嫁さん・小4の双子の4人暮らし、家も新築したてで、お嫁さんも仕事をしていないので、有意義に暮らせるかと、私をはじめ兄弟みんな、そう思っていました。



突然やってきた

2013年1月23日

義父が救急車で運ばれたと、突然に連絡あり、病院に駆けつけた。。。
義母ひとりだけが、ポツ~んと待合室にいた。

母とは、1年ぶりの再会でした。

しかし、母の様子は少しおかしい…??

もしかして『ボケてる?』


いやぁ、父が救急車で運ばれたので、気が動転しているのかも?と…

身内の到着は、みんな遅くなるとの事。え~~私だけやん。。

で、医師からの病状説明

『偶発性低体温症』

高齢なので、命の保障はありませんとの説明

治療方法は、透析で、血液を温めて再度体内に戻すという、治療をするとの事

いろいろな承諾書は、私が記入する。


19時ごろには、兄弟親戚など、一応そろった。

一応、処置が終わり

救急処置室から『ICU』に移動

一応、何があってもおかしくはないが、帰宅してもいいとのこと。

母は、母の兄弟の叔母の家に、滋賀県が住まいの兄と泊まるとの事。


で、私は、翌日から旅行に行くはずだったのだが、キャンセルして、いろいろな用事をすることになった。
これが、私の環境が変わってしまう第一歩だったのかも??





プロフィール

ケロロちゃん

Author:ケロロちゃん
義父88歳(要介護5) グループホームに入所中(ピック&レビー&アルツ混合?)異常過食中 GHにお任せしているので、現在認知症の薬は飲んでいません。

義母83歳(要介護2) 次男宅で在宅介護中
某大学病院ではアルツハイマー型認知症と診断 嫁がみるにはレビー疑惑あり。レミニール8mgでハイテンションがあり休薬中 抑肝散&フェルガード100を服用を開始

次男52歳(通称 将軍さま) サラリーマン かなりマイペース

嫁 48歳(ケロロちゃん)介護で悪戦苦闘中、フルタイムの仕事は退職、パートで仕事復帰する予定。まぁまぁの心配性

♪リンクフリーであります♪

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